下腹部の我慢は限界に近づきつつあったが、まだ限界ではなかった。
もうちょっとは大丈夫だ。
もう5分?
4分?
いや、三分ぐらいかな?
ん、まあそんなところだろう。
なんて自問自答しているところに息子がもどってきた。
「ホタテ大丈夫だってね。」
何が「だってね」だ。下手な沖縄なまり使いやがって。俺の下腹部は我慢の限界に近いんだ!彼に、
「おう、はばかり連れてってくれよ。」
と言おうと口を開きかけたら、
「遠いところをありがとうございました。」彼女の母親が息子と一緒に来ていた。
「あ、あ、いやあ。とんでもない。」
下腹部の我慢がそうさせたのだろうか、やけに力のはいった大きな声だった。
「岩手を発たれる前に雪かきをなさったそうで。」
彼女の母親って、とってもいい人です。常識的で礼儀をわきまえたいい人なんです。
いい人ってのは、お客様と話す時は、十分に間を取り、相手が話さないのを確かめ、それからにこやかにゆっくりと話すんです。
彼女の母親はそのとおりのいい人でした。
「娘が北海道に居た時行きましたが、雪が珍しくって・・・・・・・・・。今、奥様にホタテ貝を料理していただいています・・・・・・・。本当に珍しい物をありがとうございます。
・・・・もうじき親戚の者も見えると思いますから・・・・・・、お茶でも飲んでいてください・・・・・。」
とお茶を差し出した。
そのお茶に、僕が口を付けるのを見届けなければこの場を立てないといった覚悟のようなものが彼女の母親から感じられたので、下腹部の我慢が限界に近いなんておくびにも出さないでそのお茶を僕はすすった。
そんな僕を見て、彼女の母親は納得したのでしょう、
「それでは・・・・、ちょっと・・・。」
と言って、深々と頭を下げたのです。
むこうが頭を下げるんなら、こっちも頭を下げるのが常識人。
むこうが深々と頭を下げたんだ、こっちだって深々と頭を下げんのが常識人。
そんでもって、今夜は特別な夜。いつものように胸そらして、
「うん、ありがとう。」
て、わけにはいかないんですよ。
下腹部に気を充実させ、意識も下腹部に集中させ、僕は深々と頭を下げたのでした。
(つづく)