「ンダスケェ!なんくるないさ。」 VOL.2  2006年二月 その3

 夜の食事会がもたらす不安と旅の疲れを流そうと、息子のアパートに着く早々シャワーを浴びた。
そして、寿々子さんから肩、背、腰、腹の圧痛点に円皮鍼を添付してもらった。
この円皮鍼とは、形状が小さな画鋲に似ているもので、それに粘着テープがついている鍼の一種で、俗に言う「置き鍼」とか「留め鍼」とか呼ばれる類の鍼である。

それを四十数個、上半身にぺたぺた、ぺたぺた、ぺたぺたとはりまくったわけである。

 酒に呑まれたらあかん、
 酒に呑まれて羽目をはずしたらあかん、
 酒に呑まれて自分ばかりが騒いだらあかん、
 酒に呑まれてカラオケに行こうなんていったらあかん、
 酒に呑まれて・・・・・・あかん、
 酒に呑まれて・・・・・・・。

 僕の辞書には「反省」の文字が無いかのように、幾度と無く繰り返した酒席での乱行だが、今夜はいつもの夜とは違う。
今夜だけは、息子が恥をかくような真似だけはしてはいけないと言うプレッシャーが僕の心に与える負荷がいかばかりのものかは、この四十数個の円皮鍼の数が物語っていたように今は思える。

 「で、血圧はどうなってんの?おやじ。」
僕が酒に呑まれない為の円皮鍼ぺたぺたの治療を寿々子さんから受けている最中、唐突に息子が尋ねた。
 「ん?血圧?」
僕は、僕の血圧の事をすっかり忘れていた。
 「もう下がったのかい?」
と、息子。
 「ン?ん。まあ、ぼちぼち。」
と、僕。
 「下がってねぇんだな。」
(鋭い突込み)
 「うーん、今、寒いじゃん!血圧って季節もんじゃん。今は旬だからよ、なっ。」
と、僕は答えたんだが、本当はさらに、
 『だからよ、下がりにくいんだこの時期ってのは。』
と言いたかったんだが、今夜は私以上に息子にとっては大切な夜だと思ったら、彼に冗談を理解するほどの心のゆとりが有るとは思えなかったので、その言葉は呑みこんでしまった。
 「それじゃ、取って置きの薬湯を出そうね。」
と、息子は台所に行った。
 数分後、息子が出してくれた口が曲がるほどに苦いお濃いのウッチン茶(ウコン茶)を飲んで、彼のアパートを出たのは夜7時を過ぎてからだった。
    (つづく)