年が開け、2月、5月、7月と、東京で全国のピースランニングサポーターが集まり、ミーティングを重ねた。
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そして、1988年、8月22日、ラコタのインディアン、トム・ラブランクが我が家の玄関先にたったのである。
彼はこのランニングのリーダーの一人で、オーガナイズのため、本隊より先に岩手に入ったのであった。
ところが、極度の疲労のためか、彼は喘息発作をおこしてしまった。
彼、トム・ラブランクは、徴兵でベトナム戦争に参戦したとき、自軍の撒いた枯れ葉剤を浴び、それ以来、月に一度くらい、このような発作にみまわれるという笑えない身体の持ち主だった。
無論、私は鍼治療を行った。
当然のことながらと言いたいが、当時の私の鍼治療に関する実力からいえば、不思議なことがおきたのだ。
仰向けでの手足、腹の治療から背部の治療に移る頃、彼の咳が止まり、ゼロぜろと鳴っていた呼吸音もとまっていた。
私も驚いたが(お恥ずかしい)、トム・ラブランクは自分の実力以上の結果に驚いた私以上に驚いて、 「お前は今、何をしたんだ。マジックか?何があったんだ?」と、自分の身体が楽になったことも忘れている様子だった。
この、彼の体験が、翌年、私をアリゾナによぶきっかけとなったのである。